こんにちは。石 なげ子です。
私は生まれつきなのか、はたまた4人兄弟の長女だからなのか、物心ついた時には、もうかなり、ちゃんとしていた。 どーん
誰の手も借りずに、
相当仕上がっていた。 どどーん
母によれば、「どうしたら、なげちゃんみたいな良い子が育つのか」と、よく人から聞かれたそうだ。
鉛筆をしっかり削って、ランドセルの準備は前日にやるような子。田舎だったから、小学校の通学路では、道行く人みんなに「おはようございます」とあいさつをしていたし、6年生の時には児童会長にも選ばれた。リーダーシップや美貌は持ち合わせていないので、たぶん、神がかり的に「ちゃんとしていた」から、選ばれたのだ。
しかし、中学生になって、潮目が変わった。
「なげちゃん、児童会長だったんでしょ?」と人から言われるようになり、なんか、それらしく振る舞わないといけないんじゃないかと思い始めたのだ。
私は「ナチュラルボーン良い子」から、
「これじゃダメ子」に変化していった。
本来の私は、結構ポンコツで、しょーもない人間だ。息子達も夫もそう言っているので、確かだと思う。いつかの正月に私が大量の甘酒をキーボードにこぼしたので、うちのパソコンは一部のキーが死んでいる。
けれど、中学生だった当時は、親も、先生も、友達も、自分自身ですら、そういうしょーもない私に気づいていなかった。だから、体操着を忘れるとか、そんな小さな出来事でも、私は「ばかばか、おバカ!!!」と自分を責め、涙するまでになっていった。
ありもしない周囲の期待を背負い、自分を責めるループに落ちた私は、どんどん自信を失い、ついに友達に本音を言うことができなくなった。そして、人に話を合わせてばかりいたら、自分が何を言いたいのかすら、わからなくなった。
こうなってくると、女子の輪に入って立ち話をしていても、エアリーな存在であり、いつだってその他大勢の1人というギャラリーな人物として、できあがってくる。
わたしは、「ダメ子~ウスバカゲロウ モデル~」へと、更に進化をとげたのであった。
大学生になった私は、多くの素敵な友人に出会った。しかし、自分はといえば、話を振られればつまらない一般論を取り出して、誰の気持ちだかよくわからない言葉を発する日々をおくっていた。こうして私は、透明な羽の”ウスバカゲロウ”のように、気配を消して集団にとけこみ、「自分てなんなんだろう」と思いながら、貴重な青春を終えた。(哀)
その後、持ち前のまじめさで夢みた大企業に就職。不器用なりに一生懸命働き、そこで出会った同じくらい不器用な男性と結婚し、出産。育休から復帰し、仕事と家庭を乗りこなすワーママとして、やっと薔薇色の人生第二章が始まるかと思いきや、ここで、また私の人生に転機が訪れる。
今までみたいに、人の期待に応え、まわりに合わせ、便利な人として生きることすら、難しくなったのだ。
大量の仕事 どーん!
日々の家事 どーーん!!
子どものう〇こ どどーーん!!!
どれだけ自分を犠牲にしても、全部は到底やりきれない。
ワーママに優しいとされる部署で、頑張っているつもりなのにうだつが上がらない日々。ばりばり仕事をこなし、子どもとの休日はリア充、自身の美しさにも磨きをかけている同僚たち。そんな彼女らを横目に、私は終らない仕事と荒れる家のはざまで、頭皮に10円ハゲを隠しもつ陰キャへと、再び転落していった。
そのころ私は、ママチャリのギアを自在にあやつり、近所のファミマあたりの道では、瞬間的に原チャと並走できるスピードをたたき出し、時短に努めていた。しかし、何をしたって、色々もう無理だったのだ。
一生終わらないTodoリストを引きずって自己肯定感をすり減らし、気が付いた時には、身も心もKOされた明日のジョーのようになっていた。ジョーほどではないが、白髪も増えていた。
毎朝4時に起き、家事をこなしてから出社していたある日のこと。
私はリビングの床にペタリと座ったまま、動けなくなった。
本当にもう、疲れてしまったのだ。
昨日のうちに返信したかったメール
保育園に持っていくエプロン
テーブルのすみにたまった色んな書類・・・
もうこれ全部、焼き滅ぼしてもいいですか・・・?!!
私は限界を超え、何かにブチ切れていた。
何かにすがりたくて、手に取った携帯。
打ち込んだキーワード。
「仕事」「育児」「多すぎ」「助けてくれ」「限界」「本」・・・。
持ち主の殺気を感じたGoogleが提案してきたのが、小田桐あさぎさんの著書、
「嫌なこと 全部やめたらすごかった」だった。

当時の私は、この帯のあさぎさんと同じ目をしていた・・・
この本と出会ってから、私の人生は変化していった。
その第一歩は、自分が嫌なことを手放すこと。
と言っても、いきなり「今日から洗濯はしません!!」と宣言したところで、3日で新鮮なパンツはなくなるし、そう簡単な話ではない。
洗濯といっても、沢山の作業の集合体なので、一つひとつの行程を思い出してみて、それぞれ嫌か、嫌じゃないかを判定する。結果として、家族全員の靴下や息子のブリーフといった小物を、何回も何回も洗濯ばさみでつまむ行為だけが、胸をかきむしって人狼化するほど嫌だと気付いたので、小物だけは毎日乾燥機にかけてOKと決めた。この小さな手放しによって、私は強敵だった洗濯をノーストレス化することに成功。こうして私はマルサのように一人で摘発をすすめ、ちょっとずつ、ちょっとずつ、嫌なことの撲滅に成功していった。